フェニックスファイナンス-2章1『魔王の間は15帖』後編
2章1『魔王の間は15帖』後編
「てぇぇい!」
バキン! という硬質な衝撃音が響く。エマの袈裟切りを、デガドがギリギリのところで上体をそらして避けたため、剣はデガドの前の机に当たってその一角を切り取った。
「ちっ……」
「ああっ!」
だが、避けたはずのデガドの方がショックを受けたような、素っ頓狂な声をあげた。
(しまった。受け止めれば良かった。修繕費もタダではないというに…)
デガドはエマの太刀筋に全く脅威を感じなかった。それゆえ、己が身の危険より、己が会社の備品の損壊の方に気が向いたのだ。
「……おのれ小娘! よくも!」
攻撃を避けたと思ったら悲嘆し、そこから今度は怒り始める。感情の振れ幅が意味不明で、3人は困惑する。
「くっ……、 うおおおお!」
自らの困惑を振り払い、デガドの気迫を跳ね返すように、こんどはゲオルグが叫びながら剣を横にかまえて突進する。
「ふんっ」
それに対し、デガドは机の上に置いてあった決算書類を撒き散らして目くらましをする。
「こんなもの!」
目の前に飛んだ書類を振り払うように、ゲオルグが剣を横に薙いだ。しかし、その動作自体がスキを生んでしまった。視界を遮る書類が消えた瞬間、青い獣の毛がゲオルグの視界の直下に映る。
「甘いわ小僧!」
体長2.5メートルの大きな体が弾むように上昇を始める。
「しまっ」
デガドの掌底がアッパーカットの如くゲオルグの顎を捉える。ゴリっという骨が砕けるような音とともに、ゲオルグは体ごと後方に吹っ飛んで、扉の横の壁に打ち付けられる。
「ゲオルグ!」
エマの視線が吹き飛んだゲオルグに吸い寄せられる。デガドはそれを見逃さない。
「よそ見をしておる場合か!」
デガドの体が沈み込み、次の瞬間にはエマの眼前に姿を現す。
「えっ!?」
デガドが右回りに回転しながら、後足を回し蹴りのようにしてエマの脇腹に叩き付ける。
「ゲフッ……」
体をくの字に曲げ、持っていた剣をおとしつつエマも吹っ飛ばされ、ゲオルグに覆いかぶさるように叩きつけられる。
「最後じゃ」
デガドは一瞬で魔導師シルビオの目前に間合いを詰め、右フックを放つ。その大きな拳がシルビオの頭部を捉えた。と思われた。
カスッ……。ポンッ。
「ぬっ!?」
デガドの右フックは確かに命中した。それにもかかわらず、手応えがほとんど無かったのだ。何かがカスったという感触と同時に、シルビオから霧が立ち込める。
「くっ!? なんじゃ?」
デガドはそう呟いて霧を払いつつ、バックステップで一旦距離を取った。
霧は4,5秒で消え、中から小さい人影が現れる。
「痛てて、あ、やべぇ変化が、くっそ……」
人影が露わになると、そこにいたのは10歳そこそこの少年であった。立ち上がろうと杖にすがるも力が入らない様子である。
「なんと……、そうか。貴様の変化魔法でここまで辿り着いたのか」
今回の突入に際し攪乱を担当していたのがこのシルビオであった。彼は、自身の外見に対し変化魔法を使っており、自分の体を実体より大きく見せていたのだ。
先ほどのデガドの攻撃に対しても、拳が人間サイズであるなら実体には当たらずダメージは無かったハズである。しかしワーウルフ族のデガドの拳は人間よりはるかに大きかったゆえ、頭をカスってしまい、脳震盪と集中力低下による魔法の解除という状況に陥ったのだ。
「その歳でそこまで魔法を使えるとは大したものじゃ。これは楽しめ……」
デガドが感心し、闘争本能を昂ぶらせてステップを刻もうとしたその時であった。
「あぁもぅ。やーめた。こーさんでーす」
シルビオは突如そう言い放ち、自分の背丈ほどもある高級そうな木製の杖を投げだした。
「……、は?」
「だから降参ですって。ボクだけじゃ無理。無駄な努力はしない主義」
デガドは両手をダラーンと脱力して降ろしつつ、怪訝な顔をしながら言った。
「諦めが早いな」
「元々、ここまで付き合う気は無かったんだけどねー。魔王って奴がどんな顔なのかっていう興味に負けたボクが馬鹿だったって事」
シルビオの言動にデガドは毒気を抜かれ、肩を落とす。
「で、どうするの? 奴隷にする? それとも食肉?」
(なんじゃこいつ。まだ若いのに刹那的すぎるじゃろ……)
シルビオのあまりの達観具合に面食らい、デガドは返答に窮する。
「ねぇ、さっさと決めてくんなーい?」
(この状況で、なんで上から目線なんじゃ? ムカつくガキじゃ……)
言葉が出ないデガドにシルビオが畳みかける。
「ねーー、勿体つけないでよー。落ち着かないじゃん」
そう言って足をジタバタさせるシルビオを見て、デガドの戦意は完全に消え失せた。
「……もうよいわ、失せろ」
「え?」
「帰れクソガキ、と言ったのじゃ」
「おっ、見逃してくれるの? それじゃお言葉に甘えて」
シルビオは喜色満面の表情で杖を拾い上げ、そそくさと部屋から出ていこうとした。
「待てぃ」
「えっ?」
シルビオが冷や汗をかきつつ振り返る。
「気絶している二人をちゃんと背負っていけぃ。それともこっちで胴体と首を引き離してロッサキニテの街中に遺棄すればよいのか?」
デガドがその時思い付いた、精一杯のいやがらせであった。
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