今日から始める異世界M&A-2章1『魔王の間は15帖』

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は、カジノ不動産を利用したビジネスで大金を稼ぐことに成功した。そして、それを通して知り合った仲間とギルドを設立し、新たな街で再スタートを切る事となった。

2章1『魔王の間は15帖』

ルヌギア歴 1685年 5月6日 クライオリン・ソクノッス砦(魔族側)

オプタティオ近隣の魔族を統括する企業である『株式会社オプタティオ前線』の1684年度決算の最終的な集計が終わり、CEOであるデガドは一人魔王の間で、決算書類と睨めっこをしていた。

(株)オプタティオ前線 1684年度決算B/S 概略(通貨単位:エイ)

項目金額内容・概略
売上高20億オプタティオ前線の本業の売上
費用合計▲20億売上に対して掛かった費用(人件費・材料費とか)
特別利益15億ラマヒラール金山奪取による売上(資産増加)
株式配当▲2億2エイ×1億株
差し引き純利益13億B/S上は黒字

※株式配当:1株につき2エイ
※3月末の発行済み株式総数:1億株(株価40エイ)
※エイは魔族とアヅチで使用されている通貨で1エイ=約100フェン

見た目は黒字である。売上も純利益も総資産も、直近10年間で言えば最高値である。しかし、ここには数字のマジックがある。それは、ラマヒラール金山という巨大資産強奪がもたらした会計上の臨時収入である。

現在の魔族界隈においてラマヒラール金山の資産価値は約15億エイと評価されている。ラマヒラール金山は優良な金鉱山であり、その評価額は妥当どころか、若干低いと言っても過言ではない。

ここで注意したいのは、金山と言うのは巨大な不動産物件のようなもの。現代日本で言えば駅前一等地の巨大テナントビルのようなものである点だ。テナントビルがその所有権を売るか、あるいは部屋を貸し出すことで初めてキャッシュ(現金)を得ることができるのと同じく、金山もその所有権を売るか、採掘した金鉱石を売ることで初めてキャッシュを得られるのだ。

だが、金山などという値段の高いものを買おうとする存在などそうはいない。結局のところ、ラマヒラール金山は評価額自体は巨大な『固定資産』であるが、そこから『キャッシュ』を得るには時間と手間がかかるのだ。

(株)オプタティオ前線 キャッシュフロー報告書 概略

項目キャッシュフロー内容・概略
売上高20億
費用合計▲20億
特別利益0億キャッシュ収入はゼロ
株式配当▲2億
負債増減▲2億負債が2億増加(総額は18億に)

実際、今期の純利益13億エイとは言っても、そこから金山取得による特別収入15億を差し引けば『実質的には2億の赤字』である。ちょうど株式配当で分配した2億エイ分がキャッシュ(現金)不足となり、負債が増加してしまった。とても金回りが良いと言えるような状態ではないのだ。

「この状況で配当額をさらに上げろなどと気が狂っておる……」
デガドは呆れつつ呟いた。

この実質的な現金不足状況において、「次の株式配当は1株あたり3エイ程度に上げろ」と株主から圧力がかかっている。デガドとしては「どうやって上げろと言うのか」といったところだ。

「はぁ……」

今日何度目になるか分からないため息をつきながら、書類を机に投げ出すように置いた時だった。

ガシャーン! という陶器の割れる音、そしてドタドタと激しい足音が下のフロアから響いてきた。

「おいおい。さっそく修繕費の発生か……」

デガドがそうボヤいて頭を抱えていると、

「デガド様っ!」

と側近のアミスタが顔を、否、体中のウロコを真っ赤にして書斎に駆け込んできた。マーマン(半魚人族)であるアミスタは、体温が上がるとその表皮である鱗が赤身を帯びるのだが、一族の標準からするとアミスタの変色度合いは極端である。「昂ぶると真っ赤になる。ありゃ魚じゃなくてカニだ。茹でガニだよ」と一部の部下からは陰口を叩かれている。

「どうした? 喧嘩か? それとも、エフィアルテス(大株主)が文句でもつけてきおったか?」

アミスタは息を整えつつ、答えた。

「あっ、はっ……、えー、確かにエフィアルテス様から連絡はありましたが」

「何か別のトラブルか?」

「はい! 人間の一味が砦内部に侵入した模様です! 現在2階中央廊下で交戦中です!」

「なっ!? 被害は?」

「建物の損壊は今のところ軽微。門番に被害者は出ておりませんが、砦内で衛兵のデモニック族が数人負傷しています。デモニック族以外がほとんど攻撃を受けていない点から、変化魔法や幻覚魔法を使って攪乱しつつ、侵入してきているものと思われます」

魔族の中でデモニック族が抜きん出て魔法の扱いが上手いのは周知の事実である。そのため、魔法を用いた攪乱合戦になると、「魔法を使えそうな奴から叩く」という原理で、真っ先に狙われるのはデモニック族である。

「ここは危険ですので、離れに移動を!」

「馬鹿者! トップが尻尾を巻いて逃げてどうする!」

避難をすすめるアミスタをデガドが一喝する。

「しかし、相手の手口を看破せねばどうにも……」

動転しているアミスタに向かってデガドが指示を飛ばした。

「同士討ちを防止するため、一切の攻撃行為を禁止し、防御に徹させよ。そしてワシの部屋への通路を空けて、ここにおびき寄せるのじゃ。敵はワシの首を取りに来るはずじゃからな」

こういう土壇場では、肝の座ったところを見せるのがデガドの真骨頂である。

「そんな、デガド様をみすみす危険にさらすわけには……」

「それが一番効率的じゃ。たまにはワシの強さを人間どもに見せつけるのも必要じゃしな」

「確かにそうですが」

しぶるアミスタにデガドが一喝した。

「はようせい! これ以上被害を広げてはならんぞ! 修繕費も医療費も馬鹿にならん!」

「はっ、はいっ!」

アミスタはさらに鱗を赤くしてよろけながら部屋から走り出て行った。

ほどなく、アミスタの声が砦内に響き渡った。魔法による館内放送である。

「全員戦闘を停止せよ。侵入者は変化魔法もしくは幻覚魔法の類を行使している。同士討ちを避けるため、攻撃行為を禁止する。防御に徹せよ。攻撃行為を確認した場合は、即時に士官クラスに報告し、情報を上げよ」

その声を聞き、砦内が一斉に静まる。オプタティオ前線は経営難ではあるが、指揮命令系統はしっかりと機能しており、統率自体は取れているのだ。

「侵入者たちに告ぐ。もしこれ以上の戦果を望み、命が惜しくないのであれば、我が方の魔王、デガドが直々に相手をする。4階の魔王の間まで来るがよい」


砦に侵入してきたのは人間の20歳前後の若者5人であった。その内で、魔王の間に辿り着いたのは3人。リーダー格の男剣士ゲオルグ、女剣士エマ、そして変化魔法を担当していた男魔導師シルビオである。

「なっ……、ここが魔王の間だと?」

勢い勇んで扉を開け、魔王の間に足を踏み入れたものの、15帖程度のこざっぱりとした書斎のような光景を目にし、ゲオルグ達は困惑した。

「まったく、どんなイメージを持っているというのじゃ?」

デガドは椅子に座り、机に両肘をついて手を組み、呆れたような口調で語りかけた。

「禍々しい怪物の置物や、得体のしれぬ液体がドロドロと沸騰している壺などがあれば満足頂けるかのう。あるいは血の噴水などが良かろうか?」

ゲオルグが剣をデガドに向けつつ答える。

「ふざけた事を! 貴様が魔王デガドか!」

人間側の気迫を嘲笑うかのごとく、デガドは落ち着いて答える。

「魔王と言えば魔王じゃが、実際のところは、見ての通り肩身の狭い、ただの雇われ社長に過ぎんよ。自分の部屋の調度品すら満足に揃えられん貧乏社長じゃ。ふははは」

自虐的に笑うデガドに侵入者3名は言葉を失う。

「さて、目的はなんじゃ? と聞くのも馬鹿馬鹿しいか。だが、ワシの首など取ったところで無意味だと思うがのぅ。わしが死んでも後任の雇われ代表取締役魔王が本土から派遣されてくるだけじゃろうし、その後任がワシより武闘派である可能性も否定できんぞ」

そこまで聞いて、黙っていたエマが言い返す。

「あなたが穏健派だとでも言うの? ラマヒラール金山を強奪しておいて、よくもそんなことが言えたものね!」

この指摘ばかりは正鵠を射ていたため、デガドは答え辛そうに、自分の鬣(たてがみ)を撫でつつ、視線を横にそらしてから言った。

「金山の件は、株主の意向なのじゃ。ウチの糞株主どもは経営状況が悪くなると、すぐ過激な手段に出ろと命令しおる」

「なっ……?」

予想外の言い訳がましい魔王の態度に、ゲオルグ達は言葉を失う。

その様子をチラリと見て、デガドは一息入れてから言葉を繋いだ。

「ま、それはこちらの内部の問題と言われれば、返す言葉は無いかの。金山の件の正当性を敢えて言うなれば、300年前にあの金山を発見し、採鉱を始めたのは我々魔族で、それを強奪したのは人間側じゃ。ゆえに我々は金山を奪還したにすぎん。お主らが学校でどういう風に歴史を習ったかは知らんので、そちらの認識は違うかもしれんがの」

この主張に対しては、ゲオルグが脊椎反射で抗論する。

「魔族が所有権を主張するなど笑止千万。この大地は神々が人間に与えたものだ」

「ははは。今どきの若者にしては、珍しいぐらいのクレア教原理主義じゃな。骨董品じゃなあ」

「言いたい事はそれだけか?」

「与太話に付き合ってくれるなら、まだまだお願いしたいくらい……」

その時、デガドの言葉を遮るように、ダッと床を蹴る音が響く。

「覚悟っ!」

突如エマが加速し、剣を振り下ろすように切りかかった。

「てぇぇい!」

バキン! という硬質な衝撃音が響く。エマの袈裟切りを、デガドがギリギリのところで上体をそらして避けたため、剣はデガドの前の机に当たってその一角を切り取った。

「ちっ……」

「ああっ!」

だが、避けたはずのデガドの方がショックを受けたような、素っ頓狂な声をあげた。

(しまった。受け止めれば良かった。修繕費もタダではないというに…)

デガドはエマの太刀筋に全く脅威を感じなかった。それゆえ、己が身の危険より、己が会社の備品の損壊の方に気が向いたのだ。

「……おのれ小娘! よくも!」

攻撃を避けたと思ったら悲嘆し、そこから今度は怒り始める。感情の振れ幅が意味不明で、3人は困惑する。

「くっ……、 うおおおお!」

自らの困惑を振り払い、デガドの気迫を跳ね返すように、こんどはゲオルグが叫びながら剣を横にかまえて突進する。

「ふんっ」

それに対し、デガドは机の上に置いてあった決算書類を撒き散らして目くらましをする。

「こんなもの!」

目の前に飛んだ書類を振り払うように、ゲオルグが剣を横に薙いだ。しかし、その動作自体がスキを生んでしまった。視界を遮る書類が消えた瞬間、青い獣の毛がゲオルグの視界の直下に映る。

「甘いわ小僧!」

体長2.5メートルの大きな体が弾むように上昇を始める。

「しまっ」

デガドの掌底がアッパーカットの如くゲオルグの顎を捉える。ゴリっという骨が砕けるような音とともに、ゲオルグは体ごと後方に吹っ飛んで、扉の横の壁に打ち付けられる。

「ゲオルグ!」

エマの視線が吹き飛んだゲオルグに吸い寄せられる。デガドはそれを見逃さない。

「よそ見をしておる場合か!」

デガドの体が沈み込み、次の瞬間にはエマの眼前に姿を現す。

「えっ!?」

デガドが右回りに回転しながら、後足を回し蹴りのようにしてエマの脇腹に叩き付ける。

「ゲフッ……」

体をくの字に曲げ、持っていた剣をおとしつつエマも吹っ飛ばされ、ゲオルグに覆いかぶさるように叩きつけられる。

「最後じゃ」

デガドは一瞬で魔導師シルビオの目前に間合いを詰め、右フックを放つ。その大きな拳がシルビオの頭部を捉えた。と思われた。

カスッ……。ポンッ。

「ぬっ!?」

デガドの右フックは確かに命中した。それにもかかわらず、手応えがほとんど無かったのだ。何かがカスったという感触と同時に、シルビオから霧が立ち込める。

「くっ!? なんじゃ?」

デガドはそう呟いて霧を払いつつ、バックステップで一旦距離を取った。

霧は4,5秒で消え、中から小さい人影が現れる。

「痛てて、あ、やべぇ変化が、くっそ……」

人影が露わになると、そこにいたのは10歳そこそこの少年であった。立ち上がろうと杖にすがるも力が入らない様子である。

「なんと……、そうか。貴様の変化魔法でここまで辿り着いたのか」

今回の突入に際し攪乱を担当していたのがこのシルビオであった。彼は、自身の外見に対し変化魔法を使っており、自分の体を実体より大きく見せていたのだ。

先ほどのデガドの攻撃に対しても、拳が人間サイズであるなら実体には当たらずダメージは無かったハズである。しかしワーウルフ族のデガドの拳は人間よりはるかに大きかったゆえ、頭をカスってしまい、脳震盪と集中力低下による魔法の解除という状況に陥ったのだ。

「その歳でそこまで魔法を使えるとは大したものじゃ。これは楽しめ……」

デガドが感心し、闘争本能を昂ぶらせてステップを刻もうとしたその時であった。

「あぁもぅ。やーめた。こーさんでーす」

シルビオは突如そう言い放ち、自分の背丈ほどもある高級そうな木製の杖を投げだした。

「……、は?」

「だから降参ですって。ボクだけじゃ無理。無駄な努力はしない主義」

デガドは両手をダラーンと脱力して降ろしつつ、怪訝な顔をしながら言った。

「諦めが早いな」

「元々、ここまで付き合う気は無かったんだけどねー。魔王って奴がどんな顔なのかっていう興味に負けたボクが馬鹿だったって事」

シルビオの言動にデガドは毒気を抜かれ、肩を落とす。

「で、どうするの? 奴隷にする? それとも食肉?」

(なんじゃこいつ。まだ若いのに刹那的すぎるじゃろ……)

シルビオのあまりの達観具合に面食らい、デガドは返答に窮する。

「ねぇ、さっさと決めてくんなーい?」

(この状況で、なんで上から目線なんじゃ? ムカつくガキじゃ……)

言葉が出ないデガドにシルビオが畳みかける。

「ねーー、勿体つけないでよー。落ち着かないじゃん」

そう言って足をジタバタさせるシルビオを見て、デガドの戦意は完全に消え失せた。

「……もうよいわ、失せろ」

「え?」

「帰れクソガキ、と言ったのじゃ」

「おっ、見逃してくれるの? それじゃお言葉に甘えて」

シルビオは喜色満面の表情で杖を拾い上げ、そそくさと部屋から出ていこうとした。

「待てぃ」

「えっ?」

シルビオが冷や汗をかきつつ振り返る。

「気絶している二人をちゃんと背負っていけぃ。それともこっちで胴体と首を引き離してロッサキニテの街中に遺棄すればよいのか?」

デガドがその時思い付いた、精一杯のいやがらせであった。

~~続く~~

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