フェニックスファイナンス-1章15『ふんぎり』後編

2020年4月11日

1章15『ふんぎり』後編


ロゼの提案した方針に異存はないらしく、鷹峰うんうんと首を小さく縦に振ってから言った。

「よし。それで行こう」

鷹峰の意思がかたまったのを確認し、ロゼは記入済みの書類を手元に集めてファイルにまとめながら言った。

「ロッサキニテですか……。せっかく知り合えたので、遠くに行っちゃうのは寂しいですね」

さっさと退散しようと思っていたが、なんとなく後ろ髪をひかれるような思いと、ここのところの心理的な辛さからポロっと弱音がこぼれ出てしまった。

「そりゃ俺も同感だ。ただ、ロゼはこの辺に友人とかいないのか? そういや出身とか聞いていなかったな」

「私はサピエン王国で生まれて、今の弁護士ギルドに入るためにこっちに来ました。ちなみに、サピエンは大陸の反対側の島国です。クレアツィオン連合加盟国の中で、オプタティオからは一番遠い国ですね」

鷹峰は驚き、ついで怪訝な表情を浮かべる。

「なんでまたオプタティオに来たんだ? 俺は他を知らないから聞いた話でしかないが、オプタティオはそんな大きな国ではないし、連合内じゃ田舎の代表格みたいな国なんだろ?」

その認識は間違っていない。連合内における経済的・政治的なパワーで言えば、オプタティオは連合13国家の下から3つ目か4つ目くらいだろう。対するサピエンは"主要3国"と呼ばれる大国の1つである。

「教会から斡旋されたのがオプタティオのギルドだったからです。私は去年、クレアツィオン連合の弁護士試験である『教会司法試験』に合格しました。しかし、16歳の女の準弁護士を雇ってくれるギルドなんてほとんどありません。そんなケースに対処するために、教会が連合内の法律関連ギルドに斡旋をしてくれる制度があるのですが…」

言葉を探して言い淀むと、鷹峰がすかさず後をついだ。

「待遇のいいところとか都会の法律ギルドは教会のお偉いさんとコネがあるようなヤツとか、お布施の多いヤツに取られてしまう。コネなしカネなしには、オプタティオみたいな田舎の枠が回ってくる。ってところかな」

「鋭いですね。正解です」

鷹峰は鼻から息を大きく吐き出してから、柔らかい表情で言った。

「ま、おかげさんで知り合えたんで、俺としちゃその制度に感謝すべきかもしれないな」

「そうですね。私もパワハラ上司に5年間アゴで使われるという、貴重な経験ができていますし……」

ロゼは自嘲しながら強がろうとしたが、先日そのパワハラ上席から放り投げられた書類が頭に蘇る。

「どうした?」

考えても仕方ないことと、ロゼは頭からその記憶を引き離して言った。

「いえ、なんでもありません。では、これで書類を整えて、申請を出しておきます」


ルヌギア歴 1685年 4月21日 アテス・フレグノッス弁護士ギルド

弁護士ギルドの事務所に戻ったロゼは、ギルド申請書類の最終整備にとりかかった。

しかし、気は重く、作業は捗らない。ペンと書類を机に置き、顔をあげて弁護士ギルドの事務室内を見回す。

上司のブルドドが朝から怒りのペースを維持したまま、今はロゼの1つ上の男性の準弁護士を捕まえて、接客マナーについて延々と説教をしている。周囲の正弁護士や見習い準弁護士達はウンザリした表情で、火の粉が降って来ないことを祈りつつ黙々と仕事を進めている。

それを見ていると、「果たして自分の欲しい未来はこの先にあるのだろうか。ここで5年我慢したところで、何も変わらないのではないか」という暗澹とした気持ちがこみあげてくる。

「鷹峰の新ギルドに入れて貰う」という選択肢が思い浮かぶ。だが、自分が「入れて欲しい」と頼めば、誰も拒まないハズであろうことは分かっているにも関わらず、決心はつかない。

深呼吸をして椅子に座り直し、再度手元のギルド設立申請書に目を落とす。発起人欄に自分の名前はない。「何度この意味のない確認をするのだろうか」と、ため息をつこうとした時、ブルドドが男性準弁護士に向かって放った怒声が響き渡った。

「辞めちまえこのクソガキ! もう来るんじゃねぇ!」

なんだかそれが自分に向けられた言葉のようでロゼは笑えて来た。彼女の頭の中で、何かがプツンと切れた。

そして、彼女はペンを手にとって呟いた。

「……、書いちゃってもいいよね」


ルヌギア歴 1685年 4月23日 アテス・酒場『パルテノ』

昼過ぎに目を覚まし、ホールに出てきた鷹峰は、酒場の扉に付けてある郵便受けに封筒が入っていることに気付いた。封筒を取り出して手に取ると、『アテス法務役場』と印が押されている。

「ああ、申請が通ったのかな」

封筒を開封して、中身を確認する。まだ読めない文字も多いが、おおむね内容は理解でき、おそらく設立申請が許可されたことが分かる。

そこで、彼は1つの異変に気付いた。

「4人?」

発起人の数が4人になっているのだ。書類の1枚目がそこで途切れているため、2枚目を上に持ちかえる。2枚目の書類には発起人の氏名が並んでいる。

『発起人 トオル・タカミネ、ソニア・ジョアンヴィス、ハイディ・エッツェンスベルガー、ロゼ・プリテンダ』

そして、ロゼ・プリテンダと書かれた右側に貼られた、黄色い付箋が目が留まる。

『お願い権使用にて追加』

それを見た鷹峰は、鼻で笑って呟いた。

「アイツ、俺なんかよりよっぽど面倒くせぇプライドを抱えてやがる」

2章1前編に続く

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