今日から始める異世界M&A-1章15『ふんぎり』

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は、カジノ不動産を利用したビジネスで大金を稼ぐことに成功した。しかし、分け前の分配を考えている時に、「税金」という思いもよらぬ敵の存在を知る。鷹峰はギルドを設立することで節税をしようと検討を始めたが、寝床を借りている酒場ごと、景気のいい土地に移転して新規開業するという話にすり替えられる。

1章15『ふんぎり』

ルヌギア歴 1685年 4月21日 アテス・酒場『パルテノ』

前回弁護士ギルドで話し合った鷹峰の新ギルド設立に関して、必要書類のフォーマットなどを揃えたロゼは、最終的な記入と細かい部分を詰めようと酒場『パルテノ』を訪れた。

本来は明日、鷹峰に弁護士ギルドの事務所に来てもらう約束だったのだが、今日は朝から上司のブルドドの機嫌が悪く、誰彼構わずに当たり散らしている状況だったため、「お客様に呼ばれている」という名目で抜け出してきたのである。

「こんにちはー」

パルテノに着いたロゼはそう言いながら店内に足を踏み入れた

「はーい。って、ロゼか」

という鷹峰の声が聞こえた。声の方を向くと、鷹峰がテーブルになにやらノートを広げて書きものをしている。数歩近づくと「クレア文字・練習帳」と書かれているのが見えた。どうやらこちらの文字の練習をしていた様子だ。頭の回る男が、4,5歳児用の教材に熱心に取り組んでいるギャップが面白くてつい吹き出す。

「なんだよ。しょうがねぇだろ、読み書きできないと話にならねぇんだから」

「ごめんごめん」

ロゼはそう言いながら、彼の対面に座る。

「書類の準備ができたし、ちょっと近くまで来る用事があったからついでにと思って」

「ああ、助かるよ。じゃ、その話を片付けちまおう」

鷹峰はそう言って練習帳を畳んでテーブルの端に寄せつつ、眉間に皺を寄せて悩み顔になる。

「ただ、状況がちょっと変わったんだ。ややこしくなっていてな……」

鷹峰は、彼自身が頭の中を整理するかのように、ゆっくりと話し始めた。

・・・・・・・・・・

「酒場ごとロッサキニテに移転? 正気なの?」

「ああ、なんだか色々ややこしい話になったが、結果としてはそうだ」

鷹峰が言うには、女将さんがロッサキニテへの拠点移動に興味を持ってから、話がトントン拍子で進んでしまったとのことだ。「ピザとワインをつまみながら、弓の腕自慢達がアローズを競う『アローズバー』をやろう」という方向で、ハイディまで巻き込んで女性陣3人が盛り上がってしまったらしい。

「それで、3人は今どこに?」

その問いに鷹峰はため息交じりに答えた。

「ロッサキニテだ。新店兼ギルド事務所の物件を探すってことで、店を休みにして3人でロッサキニテに視察に行っちまったよ」

「……すごいわね」

驚きのあまり、「すごい」くらいの言葉しか出て来ない。

一瞬の沈黙が流れたが、鷹峰がフッと自嘲的に笑って話始める。

「ただ、メシの不安が無くなるし、俺のビジネスが閑古鳥って時は、酒場で下働きすればいいしな。悪くないと考えるようにした」

ロゼは唖然とさせられるばかりだった。ただ、「面白い人達だ」という好感もどこかにあった。理屈ではなく、自分の感情に対して正直に生きていることが羨ましいとも感じる。

「ま、ギルド税で持っていかれちゃうのなら、お金のかかる先行投資を先にやっちゃうのはアリかもしれないわね。酒場があると、鷹峰さんのビジネスで要人と密会しなきゃいけないような場面で使えるかもしれないし」

それを聞いた鷹峰がロゼに人差し指を向ける。

「その通り。それも利点としてはある。だから、個室を作れるような物件にしてくれとは頼んだんだ。それを3人が守ってくれるかどうかは神のみぞ知るってトコだがな」

さすがに、それくらいは守ってくれる人達であると思う。いや、思いたい。

ただ、このままでは延々と話が横に逸れていきそうだったため、ロゼは気をとりなおしてギルドの主業について聞いた。

「まぁ、そういう方向性なら仕方ないわね。で、ギルドの主業なんだけど、経営コンサルティング業に、飲食業、賭博アローズ業でいいの?」

「ああ。とりあえず、その3つで行こう。ちなみに、申請ってロッサキニテに移ってから、向こうで出すのか?」

鷹峰の質問を受けて、ロゼは頭の中に申請手順を思い描く。どちらで申請するとしても、とくに手順は違わないはずである。それより、ロッサキニテで申請することによる「申請の遅れ」の方が気にかかる。

「アテスでもロッサキニテでも、どっちでも可能よ。ただ、鷹峰さんの現状を踏まえると、ギルド設立日が遅れれば遅れるほど、今回の土地取引による収入が、ギルドの収入として認められにくくなるって点が気がかりね」

鷹峰が若干身を乗り出すようにして聞く。

「つまり、申告時にギルドの収入じゃなくて、俺個人の収入だとみなされて、個人収入税の40%課税を食らうリスクが高まると?」

「そう。だから、ひとまずアテスで早急にギルドだけは設立しちゃった方がいいわね。その後、引越しの準備ができてから本拠をロッサキニテに移転申請するっていう流れ」

この方針に鷹峰も異存はないらしく、うんうんと首を小さく縦に振ってから言った。

「よし。それで行こう」

鷹峰の意思がかたまったのを確認し、ロゼは記入済みの書類を手元に集めてファイルにまとめながら言った。

「了解。……せっかく知り合えたのに、遠くに行っちゃうのは寂しいけどね」

さっさと退散しようと思っていたが、なんとなく後ろ髪をひかれるような思いと、ここのところの心理的な辛さからポロっと弱音がこぼれ出てしまった。

「そりゃ俺も同感だ。ただ、ロゼはこの辺に友人とかいないのか? そういや出身とか聞いていなかったな」

「私はサピエン王国で生まれて、今の弁護士ギルドに入るためにこっちに来たの。ちなみに、サピエンは大陸の反対側の島国よ。クレアツィオン連合加盟国の中で、オプタティオからは一番遠いわね」

鷹峰は驚き、ついで怪訝な表情を浮かべる。

「なんでまたオプタティオに来たんだ? 俺は他を知らないから聞いた話でしかないが、オプタティオはそんな大きな国ではないし、連合内じゃ田舎の代表格みたいな国なんだろ?」

その認識は間違っていない。連合内における経済的・政治的なパワーで言えば、オプタティオは連合13国家の下から3つ目か4つ目くらいだろう。対するサピエンは”主要3国”と呼ばれる大国の1つである。

「教会から斡旋されたのがオプタティオのギルドだったのよ。私は去年、教会の弁護士試験に受かったんだけど、16歳の女の準弁護士を雇ってくれるギルドなんてほとんど無いの。そんな人のために、教会が連合内の法律関連ギルドに斡旋をしてくれる制度があるんだけど…」

言葉を探して言い淀むと、鷹峰がすかさず後をついだ。

「待遇のいいところとか都会の法律ギルドは教会のお偉いさんとコネがあるようなヤツとか、お布施の多いヤツに取られてしまう。コネなしカネなしには、オプタティオみたいな田舎の枠が回ってくるってことかな」

「正解」

鷹峰は鼻から息を大きく吐き出してから、柔らかい表情で言った。

「ま、おかげさんで知り合えたんで、俺としちゃその制度に感謝すべきかもしれないな」

「こっちはパワハラ上司に5年間アゴで使われるのに耐えなくちゃ……」

ロゼは自嘲しながら強がろうとしたが、先日そのパワハラ上席から放り投げられた書類が頭に蘇る。

「どうした?」

考えても仕方ないことと、ロゼは頭からその記憶を引き離して言った。

「なんでもないわ。じゃ、これで書類を整えて、こっちで申請は出しちゃうわね。結果が出たらまた持ってくるわ」


ルヌギア歴 1685年 4月21日 アテス・フレグノッス弁護士ギルド

弁護士ギルドの事務所に戻ったロゼは、ギルド申請書類の最終整備にとりかかった。

しかし、気は重く、作業は捗らない。ペンと書類を机に置き、顔をあげてギルドの事務室内を見回す。

上司のブルドドが朝から怒りのペースを維持したまま、今は自分の1つ上の男性の準弁護士を捕まえて、接客マナーについて延々と説教をしている。周囲の正弁護士や見習い準弁護士達はウンザリした表情で、火の粉が降って来ないことを祈りつつ黙々と仕事を進めている。

それを見ていると、「果たして自分の欲しい未来はこの先にあるのだろうか。ここで5年我慢したところで、何も変わらないのではないか」という暗澹とした気持ちがこみあげてくる。

「鷹峰の新ギルドに入れて貰う」という選択肢が思い浮かぶ。だが、自分が「入れて欲しい」と頼めば、誰も拒まないハズであろうことは分かっているにも関わらず、決心はつかない。

深呼吸をして椅子に座り直し、再度手元のギルド設立申請書に目を落とす。発起人欄に自分の名前はない。「何度この意味のない確認をするのか」と、ため息をつこうとした時、ブルドドが男性準弁護士に向かって放った怒声が響き渡った。

「辞めちまえこのクソガキ! もう来るんじゃねぇ!」

なんだかそれが自分に向けられた言葉のようでロゼは笑えて来た。彼女の頭の中で、何かがプツンと切れた。

そして、彼女はペンを手にとって呟いた。

「……、書いちゃってもいいよね」


ルヌギア歴 1685年 4月23日 アテス・酒場『パルテノ』

昼過ぎに目を覚まし、ホールに出てきた鷹峰は、酒場の扉に付けてある郵便受けに封筒が入っていることに気付いた。封筒を取り出して手に取ると、『アテス法務役場』と印が押されている。

「ああ、申請が通ったのかな」

封筒を開封して、中身を確認する。まだ読めない文字も多いが、おおむね内容は理解でき、おそらく設立申請が許可されたことが分かる。

そこで、彼は1つの異変に気付いた。

「4人?」

発起人の数が4人になっているのだ。書類の1枚目がそこで途切れているため、2枚目を上に持ちかえる。2枚目の書類には発起人の氏名が並んでいる。

『発起人 トオル・タカミネ、ソニア・ジョアンヴィス、ハイディ・エッツェンスベルガー、ロゼ・プリテンダ』

そして、ロゼ・プリテンダと書かれた右側に貼られた、黄色い付箋が目が留まる。

『お願い権使用にて追加』

それを見た鷹峰は、鼻で笑って呟いた。

「アイツ、俺なんかよりよっぽど面倒くせぇプライドを抱えてやがる」

~~続く~~

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