フェニックスファイナンス-1章14『景気よく新しく』後編

2021年11月15日

1章14『景気よく新しく』後編


「不景気ってのは否定しようがないからねぇ。2人がツケ回収してくれたおかげで、先月今月はホクホクだけど、長期的に見るとウチの酒場もどこまで続けられるかって感はあるわね」

「この辺って、どこも景気は変わらないんですか?」

「どうだろうねぇ。ああ、そう言えばこの前、行商をやってるってお客さんが、南の方は割とマシだって言ってたわね。ロッサキニテ辺りはわりと好景気らしいわよ」

久々に新しい地名が出てきた。

「ロッサキニテ?」

その疑問に対しては、横に座っているソニアから返答があった。

「ロッサキニテは、アテスの南200㎞くらいにある海沿いの町よ。南北で言えばちょうど半島の真ん中くらい。私の昔いたラマヒラール金山に近くて、買い出しなんかでよく行っていたわ」

「街の規模的にはどうなんだ? 人は多いんだよな?」

ソニアは頭を掻きながら、うーんと唸ってから答える。

「街は十分にデカイよ。アテスより人の数自体はちょっと少ないけど、なんかこう、商売っ気のあるヤツが多いっていうか…」

説明に困っているソニアに、女将さんが助け舟を出す。

「港が発達してるのもあって、船を使って大きく商売しているようなギルドが集中しているわね。クレアツィオン連合内で手広く商売をしているようなギルドが多くて、アテスに比べれば景気も数段いいらしいわ」

投資するにしても、経営コンサルティングで稼ぐにしても、そういう街の方が実りが多いようにも感じる。船が多いのであれば、オプタティオ以外の国の情報を仕入れ、商知識を養うのにも向いているかもしれない。

「ソニアやハイディが構わないのなら、そっちでギルドを開くのもアリだな」

「そうねぇ。私もそっちでやる方が儲かりそうだしね」

うんうん、そうだろう。と思った鷹峰を違和感が襲う。声の出元が横のソニアではなく、正面のカウンター内で調理中の女将さんなのだ。

「……、私も?」

「え? 何か変なこと言った?」

大きなクエスチョンマークを中空に浮かせながら、女将さんは首をかしげる。

「いや、女将さんもくるんですか?」

「何よ、自分達だけ景気いい街で再スタートして人生謳歌しようっていうの?」

「いやいや、そういう問題ではなくて……」

何か反論すべきなのだが、どこから話せばいいのか皆目見当がつかず、ソニアの方を向いて助けを求める。

「いいんじゃないの? 美味しい御飯が確保できるし、私も用心棒稼業を続けられるし」

確かにその理屈は一理ある。いや「一理しかない」と言うべきではないか。何か大事なことが間違いなく抜け落ちている。

「えーと、ロッサキニテって結構遠いんですよね? こっちの店はどうするんですか?」

「こっちはどうするって……」

ソニアと女将さんは「何を分かり切ったことを」といった表情で目を合わせた後、鷹峰に向かって同じ言葉を吐いた。

「「畳むしかないわね」」

「フゴッ、ゴフッ」

予想外の英断に、飲んでいたエールが鷹峰の気管に入り込む。

「ゴガッ……、ちょ、本気なんですか?」

鷹峰が咽ながら涙目になって訊くと、女将さんは不平を言う小学生のような口調で答える。

「だって、設備的にガタが来てるのは隠しようもないしー、こんな店続けてても浮かぶ瀬はなさそうだしー。だったら『お願い権』でもなんでも使って新店開業! みたいな」

店の主に「こんな」と言われるとは哀れな酒場である。確かに柱やら床やらを見るに老朽化が隠せない状態なのは間違いないし、バランスが悪くて揺れるような椅子・テーブルがあるのも事実だが。

「だいたい、親から継いだ店だからって今までやってきたけど、ホントはもっとオシャレな感じのお店をやりたかったのよねー。石窯とか置いて、ピザとワインで攻めるようなお店が夢なの」

ああ、それはすごく美味しそうだなぁ。っと想像している場合ではない。

「ええと、この店に思い入れとか、未練とか、そういうのは無いんですか?」

焦った鷹峰がそう聞くが、女将さんは涼しい顔で「うーん」と少し考えてから断言した。

「無いわね」

鷹峰と、店内の常連客がテーブルに頭を打ち付ける音が響いた。

1章15前編に続く

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