フェニックスファイナンス-1章13『金あるところに税あり』前編
前回までのあらすじ
ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は、カジノ不動産を利用したビジネスで大金を稼ぐことに成功した。そして、その一件を通して、彼のビジネス能力を知った異世界の大銀行から鷹峰はスカウトを受けた。
1章13『金あるところに税あり』前編
ルヌギア歴 1685年 4月17日 アテス・酒場『パルテノ』
酒場に戻った鷹峰が浮かない顔をしているので、ソニアは聞いた。
「何かあったの?」
鷹峰は一瞬迷ったが、隠すのも悪い気がしたので白状した。
「カイエン銀行の支店長さんに、銀行で働かないかとスカウトされた」
ソニアと女将さんが無言で目を合わせた。
「やっぱ、いい話なんだよな?」
女将さんがそれに答える。
「そりゃそうよ。支店の事務所ならまだしも、総合職の方はアカデミーを優秀な成績で卒業して、かつコネでも無いと入れない銀行だからね。破格な話だろうさ」
ソニアが頷いて女将さんの言葉に肯定の意を示す。ただ、幾分心配そうな顔をしている。
「で、受けるのかい?」
「保留してきました。今も悩んでます」
「100人に聞いたら99人は二つ返事で受ける話だろうにねぇ」
鷹峰もそう思う。
常識的に考えれば、住所不定無職、身寄り・血縁・神通力無しの鷹峰がこの世界の一流銀行員になるのだ。ジャンプアップも大概だろう。
鷹峰の口から答えが出てこない状況を見て取り、女将さんは仕込み作業を再開しつつ言った。
「あんた元の世界でも似たような商売やってたんだろ? そいつは自分の希望で選んだ道なんじゃないのかい?」
自分がなりたいものは何だったのか?
偉大な銀行家に、金融屋になりたかったのか。
単純に金持ちになりたかったのか。
もっと単純に、有名人になりたかったのか。
どれもYESであることは間違いないが、何かが引っ掛かっている。
「女将さんはそう言うけど、アタシはその残りの一人かもしれないかなぁ」
ソニアは、ボリュームのある赤毛を抱え込むように頭に手をあて、言葉を選ぶように言った。
「そいつはどうしてだ?」
「何て言うかな…、銀行とか役所とかって、自分の好き勝手にできやしないでしょ。高い給料貰って、いいトコロに住んで、高級な服着るのも結構なことだけど、どうもそういうのに惹かれないのよね」
「好き勝手か……」
女将さんも興味をもったらしく、人参の皮を剥きながら穏やかに言った。
「自分が何になりたいか論と何をしたいか論ね。哲学っぽくなってきたわねぇ」
何をしたいか。
大儲けをしたい。
人から「スゴイ!」と言われるようなことをしたい。
憎まれても、好かれてもいい。自分という存在を世に知らしめたい。
どれも自分のしたい事に違いは無い。しかし、しっくり来ない。
黙りこくってテーブルを見つめる鷹峰だが、その姿を横から覗き込んでいたソニアが、ふと何かに気付いた。
「何かいつもと違って、頭を回してるのに暗いわね」
「うん? どういう事だ?」
「あんた、自分が悪知恵を働かせてる時のイキイキした顔を鏡で見たことは無いの?」
それを聞いて女将さんが噴き出した。
「アハハ。言えてる言えてる。いつもの調子なら、どうやって無下に断ってやろうかとか、どうやって契約金とか給料を吊り上げてやろうかって考えそうなもんなのにね」
そうだ。その通りだ。
この話になった時から、そう言った思考ができなくなっていた。
思えばここ1ヶ月、何を考えるにも自由だった。自分の思考が無限に広がっていった。それが銀行に入ろうかと考え始めると、いきなり広がらなくなった。思考の自由が失われたのだ。
ここ1ヶ月が本当に楽しかったのは、思考が自由だったからなのかもしれない。家族だったり、会社だったり、社会の常識だったり、倫理観だったり……。ルヌギアに来て、そう言ったしがらみが強制的にリセットされたことで、自分の思考を無意識的に縛っていた鎖が外れたのが心地よかったのかもしれない。
自分で調べ、自分で考え、自分でケツを持って、自分の発想を試す。
それが自分の真なる欲求なのかもしれない。
「おっ、ちょっとニヤケ具合が戻ってきたね」
ソニアがジョッキを傾けながらそう言った。意外と、それが最後の一押しだった。
「決めた」
鷹峰はいつものように笑っていた。
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