フェニックスファイナンス-1章12『カジノ売るよ!』後編
1章12『カジノ売るよ!』後編
ビブランの問いに、鷹峰は即答する。
「根に持っているのは事実ですが、それがこの件の動機では無いですね。あなたがターゲットになったのも、結果的な話です」
「結果的?」
悲哀と怒りの入り混じった表情の大臣に対し、鷹峰は落ち着いた表情で返答する。
「一番高く買い取ってくれるのがビブラン大臣だからです。5億も出してくれる方は他には居ません」
鷹峰そこで一呼吸置き、すこし微笑んでから続けた。
「金儲けのついでに、極悪非道の輩に痛い目を見てもらおうと動き始めたら、その極悪非道の輩がビブラン大臣だったというだけの話です」
ビブランは脱力するようにガクッと肩を落とした。
「わかった……。買おう……」
それを聞いた鷹峰は一枚のメモ用紙を差し出して言った。
「まいどありがとうございます。では、先日私がお借りした800万に利子200万を加えた1000万フェン、これを5億フェンから差し引いていただき、4億9000万フェンをカイエン銀行のこちらの口座にお振込みください。5日以内にお願いします。譲渡のための書類などは別途お送りいたします」
鷹峰とソニアは目を合わせてから立ち上がり、
「それでは失礼します」
と、一礼して出て行った。しばらく座っていたビブランだったが、手元にあった龍の置物を手に取ると、
「糞がっ!」
と叫んで、鷹峰達が出て行った木の扉に向かって放り投げた。置物はガシャンと音をたて、割れて床に飛び散った。
「あんたホントに心臓に毛が生えてるわね」
ビブランの屋敷から出た時、ソニアが言った。
「向こうの世界に居る時もこんな調子だったの?」
そう言われて鷹峰は我に返った。状況がこちらに有利だったとは言え、相手は一国の大臣だ。日本で似た地位にある経済産業大臣や財務大臣などを相手に、同じような態度を取れるかと言うと、そんな自信は皆無である。
「いや、そう言われると確かに……、そんなに度胸のある方でも無かったな」
ソニアは「ふーん」と呟いたあと、手をポンと叩いて言った。
「案外あんたの神通力はそれかもね。バカみたいな度胸」
それはいい。なんとも俺らしくて面白い神通力だと鷹峰は感じた。
ルヌギア歴 1685年 4月17日 アテス・カイエン銀行アテス支店
大臣からの支払いを確認した鷹峰は、モルゲン遊興の債権買取の未払い分9500万フェンを支払いにカイエン銀行を訪れた。店頭で事を済まそうと思っていたのだが、名前を告げるとそのまま支店長室に案内された。
支店長室ではジョルジュが何やら書類を見ていたが、鷹峰が入ると書類を置き、ソファに座るよう促した。2人が向かい合って座ると、ジョルジュが口を開いた。
「いやあ、感服いたしました。ウチのように図体ばかりでかくてお堅い組織には、ビブラン大臣にカジノを売りつけるような荒業はとても真似できませんよ」
ビブラン大臣にカジノを買わせたことは報告していないのだが、ジョルジュは既に知っているようだった。
「さすがにお耳が早いですね。ただ、そちらにビブラン大臣から、クレームなどが来ていないかというのは少々不安に思っているのですが、どうでしょうか?」
その問いに対し、ジョルジュは手を軽く振って否定した。
「来ていませんし、ご心配には及びません。あの物件がビブラン様にとって、どんな価値があったのかも分かりませんから、クレームが来ても『なぜ、そんな価格で購入することになったのか、詳しく教えてください』で押し通しますよ」
この支店長はやはり面白い人物だと鷹峰は感じた。こういう人が自分の上司であったなら、会社勤めも悪くないのだが。
「さて、実は、本日お呼び止めしたのは、別件です」
「なんでしょうか?」
鷹峰がそう聞いた時、ドアをコンコンとノックする音に続いて、ジョルジュの秘書がお盆にティーカップを持って入室してきた。
彼女が近づくにつれ、鷹峰は懐かしい臭いに気付く。
「あっ、これは……、日本茶ですか?」
「ええ。アヅチでは少量ですが取引されておりましてね。前職のツテで偶然手に入りましたので、鷹峰さんにも振る舞いたいと思いまして。どうぞお飲みください」
ルヌギア、とくにクレアツィオン連合内で「お茶」と言うと、通常はハーブティーのことを意味する。日本茶や紅茶に使用される茶葉は普及しておらず、鷹峰もこちらに来てからは口にしたことがなかった。
「いただきます」
鷹峰はそう言ってティーカップを持ち、ズズっと緑茶をすすった。風味が口から鼻に抜けていく。
飲み込んでからゆっくりと息を吐きだし、鼻腔に残った香りを楽しむ。なんとも言えない安堵感のようなものが鷹峰の顔を弛緩させた。
「ふぅ。いや、たまりませんね。日本茶でこんなに感動したのは初めてです」
「そうですか。それは良かった」
ジョルジュもそう言ってお茶をひとすすりした。
そして、カップをテーブルに置いてから、鷹峰の目を見据えて言った。
「では本題です。鷹峰さん、ウチで働く気はありませんか?」
「えっ!?」
思いもよらない申し出に鷹峰はカップを持ちながら絶句した。
「あなたほどの才能を放置しておくのはあまりにもったいない。どうですか?」
確かにありがたい申し出だった。身寄りも地位も無い鷹峰にとっては、この世界で安定した自分の土台を得るのと同じ意味を持つ話だった。
しかし、鷹峰は即座に首を縦には振れなかった。
彼の理性は申し出を受けろと言っている。ルヌギアに来る前の鷹峰であれば、間違いなくこの話に乗ったはずだ、何を迷うのかと言っている。
だが、何か目に見えない物体が顎と首の間に挟まっているかの如く、決断できない。
鷹峰は迷いつつお茶を一口飲んで、カップを置いてからその当惑をありのままに話した。
「今、正直なところ……、戸惑っています」
「どういうことです?」
「私の頭は、ジョルジュさんの話に乗るのが当然だと言っています。しかし、何かこう、私の感性とでも言いますか、自分でもよく分からない部分がストップをかけています」
ジョルジュは鷹峰の言葉にいくらかあきれつつ、嘘は無いとも感じた。
それゆえ、今、急かしても結論は出ないだろうと考えた。
「いや、急いで結論を出す必要はありません。また後日お考えをお聞かせください」
鷹峰は一礼して言った。
「はい。ありがとうございます。モルゲン遊興債権の未払い分につきましては、9500万フェンの準備ができましたので、私の口座からお引きください」
ジョルジュが冗談っぽく言った。
「9500万を、そのままウチに入る契約金にしてはくれませんか?」
鷹峰も微笑んで返した。
「それはご容赦願います」
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