フェニックスファイナンス-1章12『カジノ売るよ!』前編

2020年4月11日

前回までのあらすじ

鷹峰は異世界の不良債権処理に首を突っ込んだことから、モルゲン遊興というカジノ運営ギルドの保有するを元カジノ不動産を使った荒稼ぎを思いついた。カジノの所有権を手に入れ、中を占拠していた浮浪者達も排除完了。あとはこれを高値で売り飛ばすだけだ。

1章12『カジノ売るよ!』前編

ルヌギア歴 1685年 4月13日 アテス ビブランの屋敷

カジノを奪回した翌日の正午過ぎ、ビブランの屋敷の前に鷹峰とソニアはいた。

「まさかとは思っていたけど、やっぱりビブランに売りつけるのね」

溜息半分、期待半分といったソニアに対し、鷹峰はどこか余裕があった。

「情報の価値を一番理解しているのはビブラン本人だろうからな。一番高く売れるだろう」

昨日カジノを奪い返したあと、鷹峰とロゼとハイディの3人は徹夜で帳簿を洗い直し、ビブランが「相当カジノに通って散財していた」ことを突き止めた。

ビブランがここ2年で負けた金額は約40億フェンにのぼる。いくら国の要職にある人間と言っても、大臣職の報酬はせいぜい年5000万フェン程度だし、彼はサイドビジネスで儲けているような人間でもない。そんなビブランが40億フェンを溶かすためには、何らかの不動産売却、裏金の受領、あるいは国の金を横領でもしないかぎり、無理があるのだ。

さらに、オプタティオの税法では、カジノで得た利得は1営業日単位で合算され、プラスであれば30%の税率がかかる。ビブランは1億超の大勝をした日が何度かあり、ここ2年で3~4億程度の税金が課されているはずなのだ。しかし、クレアツィオン連合が公開している公職納税記録によると、2年とも年1000万フェン程度の納税にとどまっている。つまり、彼は脱税をしているということだ。証拠としてはこの2本で十分だろう。

「で、それを着るのね」

「ああ。勝負時に着るものだからな」

鷹峰はそう言って一張羅のスーツ上着に腕を通し、左右の襟を下に引っ張って体にフィットさせる。

「じゃあ、不動産セールスと行こうか」


ビブランは朝から落着きがなかった。朝イチでカジノに差し入れを届けた使用人から、カジノを地権者に奪取されて、マグナ会は全滅との報告を聞いたからだ。

しかし、地権者と言ってもモルゲン遊興にマトモな傭兵を雇う金は無いし、お高くとまっているカイエン銀行もそこまで強引な手に出ることはない。それゆえに誰が仕掛け人か分からず、ビブランは困惑していた。

そして昼過ぎに来客があった。鷹峰とソニアである。名前を聞いた瞬間にビブランは嫌な予感がした。しかし会わないワケにはいかず、嫌々応接間に向かった。

ビブランが応接間に入ると、鷹峰は立ったまま恭しく礼をしていた。ソニアは元から大臣に頭を下げる気などなく、窓辺に突っ立っている。

「なんじゃ? キザにおめかしした上に、最敬礼とは」

「おめかし……、ああ、この服装ですね。これは私の世界でのビジネス時の正装です。勝負時にはこれを着ないと気が入りませんで」

「勝負時ねぇ」

ビブランは不審な表情をしつつ、顎をしゃくって2人をソファの方に誘った。3人が腰を下ろしたのを確認して、ビブランが口を開いた。

「それで、今日は何の用じゃ?」

鷹峰はビブランの苛立ちを誘うように、長めの間をおいてから、ゆっくりと答えた。

「予定より早く回収が上手くいきましてね、今日は借金の返済に参りました」

ビブランはその言葉にいくらか安堵したが、鷹峰達が手ぶらな点が気にかかった。

「ほぅ……。しかし手ぶらのようだが?」

「ええ。お返しするお金は、これから、ビブラン大臣から頂きます」

ビブランの心の中で「まさか」という声が大きくなる。

鷹峰は「失礼」と言ってネクタイを締めなおしてから、懐から一枚の書類を取り出してテーブルに置いた。

「現在、私がこちらの物件を保有しております。こちらの土地、建物、内部の物品を全てまとめてビブラン大臣に買って頂きたい」

それはヘルメース地区のカジノの権利書であった。ビブランの頭の中で線がつながっていき、血の気が引いていく。

「なっ……、貴様かっ!?」

「その様子ですと、こちらの物件の価値をご理解頂けているようですね。当方としましても説明の手間が省けて助かります」

ビブランはソニアを見て言った。

「そうか……、今現地に居るのはお前の仲間か。金山防衛の知り合いといったクチだな」

「マグナ会なんていう馬の骨に任せるからこうなるのさ。自分のケチを呪うんだね」

ビブランは激昂しそうになるところをグッと抑えて言った。

「……で、いくらで買えと言うのだ」

鷹峰はニコっと笑いながら右手を開いて、大臣の前に出した。


「5億フェンです」

「ばっ……バカを言うな! 高すぎる! 土地だけでも相場からしたら2億程度、それに建物はボロボロじゃないか!」

「いやあ、よく御存知ですね。まるで、以前からこの物件を狙っていたかのようですね」

「っ……」

自分のセリフによって、さらに相手が自信をつけたことを理解し、ビブランは怒りと焦りで言葉を失う。

そこに今度はソニアが口を開いて攻撃する。

「別にこの物件を買わないならそれで構わないわよ。あんたの政敵で買ってくれそうな奴はごまんと居るだろうしね。なんなら公開オークションでも開きましょうか?」

さらに鷹峰が畳みかける。

「悪い話じゃ無いと思うんですがね。こっちでザッと見積もりましたが、ビブラン大臣がカジノで使い込んだ出所不明のお金は約40億フェン。そして未申告の税金がおそらく3~4億フェン。追徴課税(脱税・申告漏れなどが発覚した際に追加で罰金として課せられる税金)も含めて5億は確実に持って行かれるでしょう。あとはお金の出所によって、贈収賄(ワイロ)か横領の罪も追加されるかもしれませんね。どちらにせよ、今の地位には居られないでしょう」

ビブランの額に脂汗が浮かぶ。打開策を考えようにも、事態が事態なので頭が回らない。

「無論、5億でお買いいただける場合、私の申した内容の根拠となる帳簿も一緒にお引き渡しいたします。煮るなり焼くなりご自由にどうぞ。私は証拠無しで告発などといった無駄な事をするつもりは御座いませんし、情報をヨソに漏らす事もしません」

ビブランはこの日本人をでくのぼうだと判断して、手元に置かなかったことを今更ながら悔いた。マグナ会を雇ってガードマンにしていたことより、鷹峰の実力を甘く見積もり、軽んじたことを呪った。

だが、ここまでの仕返しをされる程、酷い扱いをした覚えもなかった。

「なぜ、ワシをターゲットにした? 召喚して、放り出した事を根に持ったのか?」

1章12後編に続く

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