フェニックスファイナンス-1章10『背水のフンコロガシ』後編
1章10『背水のフンコロガシ』後編
ルヌギア歴 1685年 4月8日 アテス モルゲン遊興事務所
鷹峰とロゼはカイエン銀行で債権買取の手続きを済ませた翌日、モルゲン遊興を訪れた。対応に出てきたハイディに対して債権の権利書を見せて、鷹峰は言った。
「銀行の方はうまくいった。だから、予定通り頼む」
いつもの会議室に通され数分待っていると、痩せこけた男性を伴ってハイディが入ってきた。
男性は顔面蒼白で、少し震えつつ、部屋の入口で深々とお辞儀をして言った。
「モ、モルゲン遊興のギルドオーナーのスコット=モルゲンです」
おおかた、債権者が変わって一発目の催促に来たのだと考えているのだろう。ひょっとすれば鷹峰が日本人だと知っており、「なにやら神通力を使って脅し、取り立てをしてくる」なんて恐怖しているのかもしれない。
挨拶を済ませて4名が席につくと、スコットがオドオドしながら口火を切った。
「あ、あの、本日はその……、ウチにはもう返すような……」
怯えきって動転している。鷹峰は諭すようにゆっくりとした口調で言った。
「スコットさん、落ち着いてください。保険に入って首をくくれとか、この事務所を売れとかそういう話をしに来たのではありません。今日はお宅にとって、いい話を持ってきました」
「いい話、ですか?」
鷹峰が4億フェンの債権書を机の上に出して言った。
「こちらの4億フェンの債権を昨日、私がカイエン銀行さんから買い取りました。つまり、現在こちらの4億の貸主は私となります」
スコットが頷きながら返事する。
「はい」
「そこでご相談なのですが、モルゲン遊興さんが保有されているヘルメース地区のカジノ、あの物件をこの債権と交換して頂けないでしょうか?」
「えっ?」
予想外の申し出に言葉を失うスコットに代わり、ハイディが言った。
「それは、カジノを鷹峰さんに譲渡すれば、借金4億を帳消しにして下さるという事ですかー?」
「ええ。その通りです」
スコットも合点が行ったようだが、まだ心配顔である。
「しかし、あのカジノは今……」
「現状は存じております。ですが、あのままで結構です」
それにロゼが条件を追加する。
「建物、土地、カジノ内の物品全てを併せて4億で我々が買い取り、こちらの借金4億と相殺する。とお考えください」
「あとは、そうですね、ハイディさんに一度内部案内をして頂ければそれで結構です。もちろん、不法占拠者をこちらで追い出して、安全にした後での話ですよ」
鷹峰の意図が読めず、スコットは頭を抱えるように悩んでいる。そこにハイディが言った。
「オーナー、これほどありがたい話はありませんよー。どこの不動産屋もあの物件については煙たがって取り扱ってくれませんし、国も衛兵を動かしてくれませんしー。それに、国の帳簿上の評価額は変わりませんから、このままだと固定資産税も例年通り来ますよー」
固定資産税とは、土地や建物といった不動産資産にかかる税である。ルヌギアでも日本と同じように、土地や建物の価値に応じて税額が決まるのだが、オプタティオ公国は「ならず者に占拠されている」なんて事態を考慮してくれないため、不動産が事実上使えない状況なのにも関わらず、税金だけは例年通り課されてしまうのだ。
ハイディの言葉が一押しになったのか、スコットは「よしっ」と小さく言って鷹峰を見た。
「鷹峰さんがどうお使いになるかは分かりませんが、ありがたい話です。どうぞよろしくお願いします」
「ありがとうございます」
鷹峰は机に手をついて頭を下げた。
その後、登記(役所への申請)に必要な資料をロゼとハイディが協力して整え、譲渡証明書を作成して鷹峰とロゼはモルゲン遊興から出た。
「最後のハイディさんの一言が、後押しになりましたね」
「そりゃそういう手筈だったからな」
ロゼが疑惑の表情を鷹峰に向ける。
「事務所に入った時に言ったろ、『予定通り』ってな。ハイディは既にこっち側の人間だ」
ロゼは心底、「こいつは敵に回したくない」と感じた。
ルヌギア歴 1685年 4月8日 アテス 酒場『パルテノ』
「どうだった?」
酒場に戻ってきた鷹峰にソニアが声をかけた。
「ああ。バッチリだ。明日ロゼに登記に行ってもらうから、不法占拠者ご一行様のお掃除は10日以降かな。傭兵探しはどうだ?」
ソニアは右手を開いて「5」と示しつつ、得意げに答えた。
「傭兵5名を200万フェンで2週間雇って、既に監視を開始しているわ。全員金山防衛隊の時の仲間で、腕に関しては保証できるわよ。向こうの人数とか力量が判明して、増員が必要なら追加で数人雇うかもしれないけど、おそらく不要じゃないかな。この前出てきたチンピラ程度なら、100人200人いない限り、今の5人と私で制圧できるわ」
鷹峰がソニアの横に座って言った。
「これで後には退けないな。負けたら1億ちょいの借金が残るだけだ」
「その時は夜逃げすればいいわよ」
ソニアがそう言って笑おうとした時、ホールのテーブルから「おーいソニアちゃん」と声がかかった。顔見知りが来店して飲んでいるようだ。
ソニアは「ちょっと行ってくる」と言ってカウンターを離れてテーブルの方に向かった。
鷹峰は一人カウンターに残され、ソニアが食べていたまかないに手を伸ばしていると、女将さんが近寄ってきた。
「そうなったらウチの用心棒をまた探さないといけないねぇ」
と愚痴をこぼしつつも笑っている。
「そう言いつつ嬉しそうですね」
「ここんとこソニアちゃんが活き活きしてるからね。金山から敗走して来た時は精根尽き果てたって顔でさ、死んだ魚のようなっていう感じ?」
鷹峰は客と談笑するソニアを一目見てから、再度女将さんに向き直った。
「女将さんとソニアは知り合ってから長いんですか?」
「2,3歳の頃から知ってるわ。ソニアちゃんのお父様がウチの上客さんだったの」
「そういやソニアの両親ってのは?」
「二人とも既に亡くなっているわ。お父様は前の前の金山防衛隊長、お母様は魔法技師で、金山では魔法を応用した採掘を担当していたの。でも、ラマヒラール金山は何度も魔族と人間で取り合ってる要所だからね。8年前だったかしらね。御両親ともに魔族との戦闘でね」
「なるほど。それでアイツは槍を?」
女将さんはワイングラスを拭きながら答えた。
「あら、槍のコトは知ってるのね。そうなのよ。仇をとるつもりなのか、一心不乱に道場に通い始めて、たった6年で免許皆伝。冒険者ギルドで100件,200件と高額案件を処理して一躍有名になったと思ったら、そのままの勢いで金山防衛隊に入隊」
「そういや、ソニアって今何歳なんですか?」
「まだ知らなかったのかい?」
「ええ。聞きそびれちゃって」
「17だよ」
「ブフッ!」
鷹峰は口に含んでいたミニトマトをポンッと噴出した。女将さんは「何をそんなに驚く?」といった顔をしている。
「こっちって飲酒は何歳から大丈夫なんですか?」
「16だね」
ホッと胸を撫で下ろした鷹峰だった。
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