フェニックスファイナンス-1章1『呼ばれて飛び出た要らない子』前編

2020年3月20日

前回までのあらすじ

証券会社の若手社員である鷹峰亨(たかみねとおる)は、売上の数字が出ないことから上司と喧嘩してしまった。その上、支店を出てボーっと歩いていたものだから、大型車両に弾かれてしまったのだ。

1章1『呼ばれて飛び出た要らない子』前編

ルヌギア歴 1685年 3月20日 アテス・ポリテリア城

「現れました!……って、倒れておられるぞ!?」

途切れた意識を引き戻すように、聞いたことのない男の声がした。

「もしもし!大丈夫ですか!」

頭が揺れている。いや、体を揺すられていると言った方が正しいかもしれない。段々と頭に血が通って五感がクリアになっていく。

「ん……あ…」

鷹峰亨(たかみねとおる)はかろうじて声を絞り出した。潜水している状態から、水面に顔を出した時のように、一気に音や光が彼に飛び込んできた。

「おお、意識が戻りましたぞ!!」

目をあけて、上半身だけ起こした鷹峰の前に立つ男が言った。

その男の服装を見て鷹峰はギョッと目を丸くした。まるでファンタジー世界の魔法使いとでも言った服装で、こげ茶色のローブのような外套をまとっている。細身ではあるが、健康そうな爺さんである。

状況が飲み込めずに鷹峰は体を起こして周囲を見回す。似たような風貌の男が3人視界に入る。さらに周囲を見回すと壁と天井が有り、建物の内部であることが分かる。これまた中世ヨーロッパの石造りの城と言った雰囲気で、とても現代日本の建築物では無い。

「地中海沿いの観光地にでもワープしたのかな」と半ば冗談のような推測をしながら視線を下に向け、自分の座っている所を見ると木の机の上であった。寝台というわけではなく、ただの事務用の机に見える。

最後に自分の体を見る。会社から出た時と同じ、上下スーツ姿である。その辺りで、意識が途切れる直前の映像がフラッシュバックのように浮かんだ。

そして思い出したようにスーツの左肩を確認する。上司との喧嘩でできた500円玉サイズの破れはそのままだった。しかし、それ以外の傷や汚れなどは無く、体の痛みも無かった。ただ、スマホやビジネスバッグは消失しているようだ。

「ヤバイ個人情報とか入れてなかったよなぁ……始末書で済めばいいんだけど」なんて考えていると、目の前のローブの男が口を開いた。

「日本人の方で御座いましょうか?」

日本語で話しかけておいて、日本人かと聞くのはどういうことだろうか。

「ええ、日本人ですが……」

やり取りに違和感はあるがとりあえず返事をした。

「おお! ありがとうございます!」

なぜ礼を言われるのか分からない。鷹峰の表情からそれを察して男が言った。

「ああ、申し訳ありません。つい興奮してしまいました。長いこと公国魔法使いなんぞやっておりますが、召喚は初めてでして……。突然の召喚の非礼をお詫びいたします」


状況は全く理解できなかったが「召喚」という単語だけは聞き取れた鷹峰が返す。

「召喚? 召喚……、えっと、俺が召喚された側ですか?」

「左様でございます」

男が大げさに頷く。心なしか嬉しそうである。

「申し訳ありませんが、状況を御説明する前に、お名前と神通力をお聞かせ頂けませんか? こちらも上司に報告せねばなりませんでして」

名前はいいとして、神通力って何だと思いつつ鷹峰が答える。

「名前は鷹峰、鷹峰亨(たかみねとおる)です。神通力……、ってのは何ですか?」

男がキョトンとして首を傾げる。

「いえ、召喚された日本人の方々は様々な神通力をお持ちですから、あなたもお持ちではないのかと……」

鷹峰は神通力など持っていない。過去にどんな日本人が召喚されたというのか。

と言うか、なぜ「日本人」なのだろうか。何かの勘違いなのか、それとも狙って召喚したのか。頭の中で謎ばかりが募って行く。

「あの、鷹峰様?」

「ああ、すいません。ええと、神通力ってのが良く分からないんです。とくに自慢できるような特技は持ち合わせていないんです」

鷹峰はただのサラリーマンだ。課長から社長まで上り詰めた某S氏のようなフェロモンもなければ、某特命係長のような武術の心得もない。

「さようですか……」

鷹峰の言葉にローブの男の眉間の皺が深まる。

その時、部屋の一角にあった扉が勢いよく開かれ、2人の人間が部屋に入って来た。

鷹峰はその2人の片方の女性と眼が合った。

背中の真ん中くらいまで垂れた赤髪が、気の強さを表すように重力に歯向かってところどころ跳ね返っている。ある種の威圧感すら感じさせる女性だ。紺色の、ローブというよりは、裾の長いワンピースといった服を着ている。年齢は18~20歳くらいだろうか。身長は鷹峰より少し高く、170センチを少し超えるくらいに見える。その女は目を細め、鷹峰を値踏みするようにじっと見つめている。

そんな中、横にいたローブ姿の男は、もう1人の入室者に駆け寄って声をかけていた。もう1人の入室者は小太りの男性で、長く伸びた鼻ひげが反り返って円になっている。現代日本ならお笑い芸人以外では考えられないセンスのヒゲである。服装はワイシャツに紫色のマントで、マントは光沢のある高級品に見えた。

「分かった、とりあえずそこで話してみよう」

小太りがそう言って、部屋の端にある小会議スペースを指さした。

ローブの男が頷いて、こちらに近寄って来て言った。

「鷹峰様、あちらの席に移動して頂けますでしょうか」

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